今日は「宗教改革の日曜日」です。プロテスタント宗教改革は、プロテスタントの始まりであり、西側の教会がプロテスタントと現在のローマ・カトリック教会に分裂したのです。
宗教改革記念日を祝う教会もあれば、そうでない教会もあります。 行わない教会もあります。 ルター派教会、米国聖公会、アメリカ・オランダ改革派教会、正統長老教会、会衆派教会、そして私の宗派であるメソジスト教会などが、宗教改革の日を祝う教会です。私の息子のコーはルター派なので、インディアナ州にある彼の神学校の近くにある教会では、宗教改革記念日の礼拝が行われます。 宗教改革がどのようにして始まったのかをお話ししましょう。今から504年以上前の1517年10月31日、マルティン・ルターは、ドイツのウィッテンベルクにある地元の修道院に通う33歳のアウグスティノ修道会の修道士でした。彼は、教会には改革が必要だと考えました。 そこで彼は、地元の教会の玄関に「95ヶ条の論題」(カトリック教会を変えるために議論したいことをまとめたもの)を掲示しました。彼がこの日(10月31日)を選んだのは、翌日が教会にとって特別な日である「諸聖人の日」(All Hallowed Ones Day)だったからです。 その後、宗教改革が行われました。近代を切り開いたと言われるマルティン・ルター。彼の論題は、印刷機によって広まりました。ルター以外にも、ドイツ、オランダ、スカンジナビア、スコットランド、フランスの一部にも改革者が当時いました。その「論議を提示(プロテスター)」していた者たちが「プロテスタント」となり、ローマ・カトリックからの分離を余儀なくされ、ドイツをはじめとする東欧諸国のルター派教会、スイスの改革派教会、スコットランドの長老派教会、イギリスの英国国教会などが生まれた。 改革者たちは、プロテスタント宗教改革の5つのソラを教えました。(ソラとは「単独で」という意味)。)
「恵みは与えられるものであって、得るものではない」という点も当時の改革派がカトリック教会と対立していた部分です。マルティン・ルターが恵みについて学んだのは、パウロの手紙を研究しているときでした。ルターは、救いはすべての人に与えられる恵みの贈り物であり、それはすべての恵みである神から来るものだと考えました。救いは、神からの無償の贈り物です。救いは、あわれみの無い贈り物、つまり報われない贈り物です。 ローマ人への手紙3:24「ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。」 義認とは、聖書で使われている言葉で、キリストにあって私たちは赦され、実際に生きていく上で義とされるという意味です。クリスチャンは、神を信じ続けるすべての人に与えられた神の恵みと力の中で、能動的に義の生活を追求します。 聖書にあるように、私たちは信仰によって義であると認められているので、私たちの主イエス・キリストによって神との平和を手にしています。イエスによって恵みを手にしているのです。 パウロによれば、イエスが私たちに示してくださったものは、恵みです。パウロはこの「恵み」について、様々な方法で語っています。恵みとは、愛、赦し、和解と定義しています。また、「受け入れる」とも定義しています。私たちは神の息子、娘として受け入れられているのです。いずれの場合も、パウロが語っているのは「恵み」です。彼が恵みと呼んだのは、報われるために行うものではなく、代価なしに自由に与えられるものだからです。 パウロにとっても、マルティン・ルターにとっても、神が率先して私たちのところに来てくださることが最も驚くべきことでした。二人とも、神に受け入れられるために、完璧に生きる事で神に受け入れられようとしていました。しかし、後に彼らはこの素晴らしいパラドックスを発見したのです。自分たちが完全ではないこと、人間であり罪人であることを認めたときに初めて、神からの恵みを受けることができたのです。「私たちは、自分の努力ではなく、神の恵みを信じることによって救われるのです。」 パウロは恵みについて学ばなければなりませんでした。 パウロはもともとパリサイ人で、律法を守れば救いが得られると信じていました。 彼は完璧なパリサイ人になろうと必死でした。自分も他人も律法に従うことを期待していたのです。しかし、私たちは律法に従うのではなく、イエス・キリストに従うのです。 短い話をさせてください。昔、ハワイにいた時の教会で、礼拝後に挨拶をしてくれる人がいました。その方は、教会の会報に誤字・脱字があると、私に教えてくれました。誤字・脱字の箇所を教えるのは彼にとって喜びでもあったように見えました。 (これは1980年代後半の話で、自動でスペルチェックが出来なかった時のことです。) 「人間が不完全であることの良さは、それによって他の誰かに喜びをもたらすこと」と誰かが言っていました。 英国国教会の牧師であり、メソジストとして知られる英国国教会内のリバイバル運動のリーダーであったジョン・ウェスレー(1703~1791)は、「私たちは皆、完璧に向かって進んでいる」と言った。しかし、ウェスレーは誰もが完璧になったとは言っていません。少なくとも、私たちが天国に行くまでは。私たちは皆、キリストに忠実に従おうとしています。 しかし、私たちは間違いを犯しますし、間違いを犯したときには自分自身に厳しくなります。 多くの人は、「恵み」という概念に苦手意識を持っています。聖書には、「神は、私たちが行った義のわざによってではなく、ご自分のあわれみのゆえに、聖霊による、新生と更新との洗いをもって私たちを救ってくださいました。」と書かれています。(テトス3:5) 「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。」(エペソ人への手紙2:8 ) 多くの人は、人生の終わりに神の前に立つとき、神は体重計を取り出して、自分の善が悪を上回っているかどうかを見られると思っています。善が悪を上回れば天国へ、下回れば地獄へ行くと思っています。 しかし、これは実際には、神が言うところの正反対のことです。神は、私たちは皆、自分の功績、能力、力によっては、神の栄光を受けることができないと言われています。私たち一人一人が神の律法を破り、罪の最終的な結果は死です。しかし、神はその大きな慈悲で私たちを救ってくださいました。 報われない無償の贈り物として、神は私たちの罪を完全に赦すだけでなく、彼がその完璧な人生で得たものを与えてくださいます。 神の子は、聖書にあるように、私たちの痛みを負いました。「しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。」(イザヤ書53:5) 律法に従うこと、完全であろうとすること、律法を守るために自分に非常に大きな期待をかけることは、パウロの改宗前の行動や、クリスチャンを執拗に追いかけた理由を説明できるかもしれません。 律法に従わないからといって、彼らを追い詰め、エルサレムに連れて行き裁判を受けさせたのです。パウロは、彼らが正しいことを信じておらず、正しいことをしていないと考えたのです。使徒言行録にパウロが書かれているように、「弟子たちに対して脅迫と殺人を吹き込んだ....」 パウロは独善的でした。 独善的な人の誘惑は、他の人の不完全さにこだわることです。 イエスは様々な場所で独善的な人たちに出会いました。彼らはイエスを敵とみなしました。なぜだかわかりますか?彼らは、イエスが間違いを犯した人や、律法に従っていない人を非難すると思っていたからです。しかし、イエスはその代わりに彼らを赦されたのです。彼らはそれに我慢できなかったのです。彼らはイエスに「どうしてそんなことができるのですか?彼らを見てください。彼らの罪を見てください。罪を償わせずに、どうして彼らを赦すことができるのか」と言った。イエスは彼らに向かってこう言いました。「なぜあなたは相手の目の中のちりに目をつけ、自分自身の目の中の梁に気が付かないのですか?」また、姦通された女性を石打ちの刑に処していた群衆に対して、「罪のない者が最初に彼女に石を投げなさい」と言われました。 パウロの考えでは神に近づく方法は、律法を通してでした。規則を守りさえすれば、完璧になる。その理由はこうでした。神が完璧である以上、私たちが神に近づくためには、私たちも完璧でなければならない。神に受け入れられようとするなら、救われようとするなら、私たちは完璧でなければならない。 しかし、パウロは「それはうまくいかない」と言いました。律法は、私たちを救う代わりに、私たちを非難します。自由に解放するのではなく、縛るのです。祝福されるどころか、呪いを与えます。そして何よりも、律法は私たちに愛することを許すのではなく、自分自身を憎み、隣人から離れていくように仕向けるものだと言います。 使徒言行録9章によると、パウロは「脅しと殺人の息づかいをしながら」、クリスチャンを逮捕してエルサレムに連れ帰り、裁判と場合によっては処刑にかけるためにダマスカスに向かったと書かれています。 しかし、彼に劇的な出来事が起こりました。使徒言行録9:4には、「彼は地面に倒れ、『サウロ、サウロ、なぜ私を迫害するのか』と言う声を聞いた」と書かれています。 そしてその時、彼に衝撃が走ったのです。文字通り、彼を打ちのめし、一時目が見えなくなりました。彼はダマスカスに導かれ、皮肉なことに、彼が捕まえようとしていたまさにその相手であるクリスチャンたちと一緒に収容されました。ダマスカスのクリスチャンたちは、イエスが「あなたの敵を愛しなさい」と言ったので、彼を愛しました。パウロが彼らに「なぜこのようなことをするのですか」と尋ねると、彼らはイエスのことを話してくれました。そして、パウロは初めて自分の人生に恵みを体験したのです。彼は、自分が恵みによって、神に繋がったと感じたのです。パウロ1人では成し遂げられませんでした。パウロが愛われた時に起こったのです。 パウロは理解することが出来ませんでした。神が自分のところに来てくれたことを理解できなかったのです。彼は何もしていないのに、このようなことになったのです。それどころか、彼が行ってきたことは恵みを受ける事を遠ざける事でした。しかし、神は彼から目をそらさなかったのです。彼のところに来たのです。そしてパウロはこう書きました。 私たちがまだ弱かったとき、適切な時に、キリストは神を信じない者のために死んでくださいました。 私たちがまだ罪人であったときに、キリストが私たちのために死ぬことで神は私たちへの愛を示してくださった。 パウロはこの恵みをどのように体験したのでしょうか。これを見てください。第一に、彼はそのことを知らされました。次に、彼はそれを信じました。そして、今の自分の中には、このような生き方を可能にする力があることを発見したのです。 私たちは、信仰によって自分が存在しています。自分に価値があると思えば、そのように生きようとするでしょう。自分が価値のある人間であることを証明するような生き方をします。しかし、もし自分に価値がない、あるいはあまり価値がないと思うのであれば、それを証明するような生き方をするでしょう。。 チャック牧師は、自分の里子の話をして、彼らに期待を寄せ、励まし、褒めていました。チャック牧師とケリーのもとに来る前には打ち砕かれていた彼らの自尊心が育っていったのです。 それでも里子たちはまだ問題を抱えていましたが、自分たちが愛され、受け入れられていることを理解していました。 人は言われた通りになるのです。信仰によってそれを受け入れるのです。チャック牧師が受け入れた里子たちは肯定され、自分の価値を知ることができたのです。 しかし、パウロのように、自分の価値を行動で証明しようとする人は、律法と呪いの下で生きるのです。信仰によって自分の価値、自分の価値を受け入れることができる人は、自由なのです。 イエスは、私たちが誰であるかを伝えるために来てくださいました。あなたは自分の価値を証明する必要はないと言われました。あなたは神の子です。何も証明する必要はありません。ただ、イエスがおっしゃる通りの人になればいいのです。 イエスは、あなたが生き、成長するのを助けてくださいます。 そのためにはどうすれば良いのでしょうか? 神は、私たちそれぞれに応じて、私たちの人生に働きかけてくださいます。つまり、神は一人ひとりの人生に違った形で働きかけます。 私たちの信仰の旅は、一人一人違います。 私たちが神に祈るとき、私たちは自分が人間であり、罪人であることを神に告白し、自分の人間性や欠点を正直に告白します。告白は自己否定ではありません。告白とは自己啓示です。それは、私たちがあなたについておそらく最初から知っていたこと、つまりあなたが人間であることを自分自身に認めることです。 私が知っている人の中には、神に近づくきっかけが危機から生まれたという人がいます。 何かがあなたの人生を揺るがし、あなたの人生が変わります。 しかし、危機を経験することは、多くの場合、衝撃的な体験です。 自分が何者なのかわからなくなるのです。 もう一度、パウロを見てみましょう。 パウロは、ダマスカス・ロードで自分に語りかけてくれたのは神であり、神がパウロに自分の本当の姿を教えてくれたのだと言いました。それまでのパウロは、クリスチャン狩りや律法を守ることに気を取られていたため、それを聞くことができなかったのです。 神はパウロに劇的なことをしてくださいました。私たちは皆、ダマスカスでの経験がないかもしれません。あなたの人生で神がどのように動くかを予測することはできませんが、神の恵みがあなたのためにあることを知っています。 神の恵みによって、あなたは自分が何者であるかを発見するでしょう。また、クリスチャン・コミュニティの助けも必要になるでしょう。悔い改める必要があるのなら、それはパウロがしたことであり、私たちもしなければなりません。 パウロが再び立ち上がったとき、彼は自分が誰なのかわかりませんでした。その時、神はダマスカスのクリスチャンたちに 「あなた達が彼が何者であるかを教えなさい 」と言われました。そこで、神はパウロをクリスチャンたちのところに送り、彼らはパウロに伝えました。彼らは、「パウロ、あなたは神の子です。あなたは神に愛されていて、あなたのために神が御子を遣わされたのです」。 それは理屈で学ぶものではありません。そのように言われて、それを信仰で受け入れるのです。 したがって、私たちは信仰によって義と認められているので、私たちの主イエス・キリストによって神との平和を得ています。イエスを通して、私たちはこの恵みに繋がる事ができたのです。 キリストだけによって、私たちの希望が見出されるのです。キリストだけによって、私たちは恵みによって救われているのです。アーメン。
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テクノロジーの恩恵のおかげで今朝、ビデオを通して皆さんにお話しできることを喜んでいます。クラウディア牧師から、KUCは長期に亘ってオンラインで礼拝をしていることを聞きました。まさにニュージーランド(NZ)の教会もオンライン教会となっています。私達もCOVID-19の影響下、オンラインで礼拝をしたりしなかったりしているので、カメラに向かって話すのは慣れてしまいました。
皆さんの中で2017年の終わり以降にKUCに来られた方にとって、私を知らない方もおられるでしょう。私はKUCの牧師として2010年から2017年ほぼ8年間務め、私と妻のジョーはKUCの家族でした。その間、素晴らしい時間をKUCの皆さんと過ごしました。KUCはもうすぐ150年を祝う式典があることを知らされ、その式典に私達も参加することを願って計画していましたが、コロナの影響で全ての変更を余儀なくされました。またいつか全世界が自由に渡航出来るようになれば、皆さんにお会いできたらと思います。 今朝、皆さんに主イエスが話されたことをお話ししたいと思います。主イエスは物語の語りべとして最高ですね。彼の三分の一の話は物語(例え話とも言いますが)です。もしあなたが真に主イエスを知りたいなら、神の御国を本当に理解したいなら、主イエスの例え話を読んでよく考える事が必要でありそれを勧めます。私が話す物語は素晴らしい話で、皆さんも一度は聞いたことがあるでしょう。私は4人の孫を持つお爺さんなので、孫達がしきりに同じ話を何度もしてくれとねだるのをよく知っています。孫達はお話しに飽きたりしないのです、そう主イエスの話したお話も同じです。私達が読むたびに新しい真実を見つけます。 数ヶ月前に私とジョーは南NZ島の小さな町タラスに休暇で訪れました。タラスは羊で有名な所です。実は、一匹の羊のことで有名なのです。この羊は6年もの間捕まらず、羊小屋のあるNZアルプスの高所で発見されたのです。羊はメリノ種の羊で、メリノ種の羊は年1回羊毛を刈られるのですが、この羊は6年間も洞窟やそこらに隠れて毛を刈られることはありませんでした。その羊にシュレクという名前がつけられ、シュレクたる羊。羊 シュレク は国家のアイコンとなり、捕まえられた後、NZの国営テレビ、大勢の人の前で、テレビ中継にて、毛を刈られることになりました。6年間の羊毛は27Kgに及び、 20人分のスーツが作れる量でした。シュレクはNZの首相にも会い、チャリティショーの客人扱いとして多くの場に現れました。またタイムマガジンにも載りました。しかも、CNNやBBCニュースにも登場したのです。羊は自身のフェースブックのページを持つほど、羊シュレクは 一躍注目を浴びたのです。 更にそれ以上に有名な別の羊がいます。この羊については2000年もの間語られているからです。そう今日は、見失った羊について見ていきたいと思います。この話は通常、主イエスが話された他の二つの話と一緒にされていて、両者ともルカ15章に記載され、見失った羊、無くした銀貨、放蕩息子の例え話として知られています。放蕩息子の話は最も私達を惹きつける話で、私達は見失った羊の話を見過ごしがちになります。放蕩息子の話があまりにも素晴らしい話なので、羊の話は時に背後に押しやられるきらいがあります。 ルカ15章1-7節「さて、取税人たちや罪人たちがみな、話を聞こうとしてイエスの近くにやって来た。すると、パリサイ人たち、律法学者たちが、『この人は罪人たちを受け入れて、一緒に食事をしている』と文句を言った。そこでイエスは、彼らにこのような例え話をされた。あなた方のうちの誰かが羊を百匹持っていて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野に残して、いなくなった一匹を見つけるまで探し歩かないでしょうか。見つけたら、喜んで羊を肩に担ぎ、家に戻って、友達や近所の人たちを呼び集め、『一緒に喜んでください。いなくなった羊を見つけましたから』と言うでしょう。あなた方に言います。それと同じように、一人の罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人のためよりも、大きな喜びが天にあるのです。」主の御言葉です。このように話は始まるのです。4節「あなた方のうちの誰かが羊を百匹持っていて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野に残して、いなくなった一匹を見つけるまで探し歩かないでしょうか。」 さあ、ふと考えると、「これが羊飼いとしてまともな行動でしょうか?」と思わざるを得ません。九十九匹を残して、一匹を探しにいく羊飼いとは何たることか。ずい分前に、リージェントカレッジで私が学んでいた時、私達家族はバンクーバーで夏を過ごしていました。私が授業に出ていた時、ジョーが3人の子供達を連れて市の大型デパート行きました。当時3歳の息子の Josh(今や30歳)、二人の娘 Holly & Eliseは 10歳と 7歳でした。彼らはみなデパート内にいて、二人の娘たちがトイレに行きたいと言い出しました。長女のHollyは陽気で積極的なバブリーな10歳で、上の階にあるトイレを見つけると自信たっぷりにジョーを説き伏せたのです。彼女とElise は5分で戻ってくると言い張ります。どうなるか想像つきますよね。5分が過ぎ、10分、そして15分、もうジョーは実にパニック状態です。娘たちは戻ってこないのです。ジョーは帰って来ない娘たちを探しに行かなくてはなりません。しかしJoshを一人残して探しに行けますか?いいえ、そんな一人を残して、多くを探しにいく事は出来るはずもありません。 主イエスの話の羊飼いは、九十九匹を残して、一匹を探しに行ったのです。九十九匹を残す事は、それらを失う危険性もあるのです、全部とは言わないまでも少なくとも何匹かは失うかもしれません。ある解説者は、二人の羊飼いがいて、一人が探しに行っている間、もう一人が残りの九十九匹の面倒を見ていたのだろうと、物語を柔軟に解釈しています。またある者は、羊飼いは羊小屋か洞穴に羊を入れて安全にして、それから探しに行ったのだろうと言います。しかし例え話はそうは言っていません。単に、九十九匹を野に残したと言います。ここで、主イエスは大変重要なことを私達に語っているのです。馬鹿げたような話のように聞こえますが、そこで終わらず、更に馬鹿さ加減を増します。聞いてください、羊飼いは九十九匹を残し、そして一匹を探すのです。それで、一匹が見つかったら、羊飼いはどうします? 彼はパーティーを開くのです。見つけたら、喜んで羊を肩に担ぎ、家に戻って、友達や近所の人たちを呼び集め、『一緒に喜んでください。いなくなった羊を見つけましたから』」ある人が書きました。「そして羊飼いはとてつもない祝宴を開く、一匹ではなく、まるで九十九匹を取り戻したように。」と。実際、誰かが指摘したように、失った羊より祝宴を開く方がもっと高くつくだろうに、良質のワインは飲み放題、超えた子牛がふるまわれたりしてね!まさか、肥えた羊の一匹を殺さなかったでしょうね。この話を考えれば考えるほど、ますます馬鹿げたように思われます。しかしあなたが話をする時、要点を強調するために大袈裟に話を盛りませんか。主イエスは要点を伝える必要がありました。そこで、この話の内容を理解する必要があります。最初の1-2節を見て、この話の聴衆者は誰かを見ていく必要があります。(聖句を言い換えれば)「この時まで、評判のいかがわしい男女の多くがイエスを取り巻き、熱心に聞き入っていた。パリサイ人たちや律法学者たちは不愉快であり、全くもって気に入らなかった。彼らは『イエスは罪人を受け入れ、まるで古くからの友人のように彼らと一緒に食事をしている。』」と文句を言ったのです。この彼らの文句がこの話の引き金となったのです。私達がこのような話を主イエスから聞くと、自動的に主イエスの側につき、パリサイ人の言葉を聞くと、自動的に彼らを「悪者」扱いします。この話の持つ本当の力を理解するために、パリサイ人たちのことを考えてみましょう。 パリサイ人たちは聖書の言葉に従順であろうとしただけなのです。彼らは聖書の言葉を知っていました、聖句は私達が付き合う人々がどんな人か気をつけなさいと多くの箇所で述べています。 箴言 1:10、15「罪人たちがあなたを惑わしても、それに応じてはならない。彼らと一緒に道を歩いてはならない。彼らの通り道に足を踏み入れてはならない。」 詩篇 1:1「幸いなことよ、悪しき者のはかりごとに歩まず、罪の道に立たず、嘲る者の座に付かない人。」新約聖書でさえ、パウロがコリント第二6:14-18で考え書いた事は、あなたを引きずり下ろそうとする人々と関わってはならないです。私達の多くも子たちに同じようなことを言うでしょう!あなたと関わる人々に気をつけなさい、どんな友達を持つか慎重にしなさい。私達は「お前を引きずり下ろすような人々から離れなさい。」それだから、パリサイ人たちは聖書の教えをよく守って、取税人や罪人たちと関わらないのです。二つのグループには道徳心がありません、取税人たちは人々から金をむしり取ろうとしますし、罪人は売春婦のような者も含まれます。だからこそパリサイ人たちは主イエスが理解できなかったのです。それで、彼らは主イエスを批判したのです「この人は罪人たちを受け入れて、一緒に食事をしている」。一世紀において、一緒に誰かと食事をすることはその人を受け入れることになり、不道徳な人々と一緒に食事を共にする事はパリサイ人たちにとってまさに受け入れ難く、正しくない行為だったのです。これに対する応答として、主イエスはこの話をしたのです。主イエスはここで神がどの様な方かを再定義したのです。 神はすべての律法を守る人々だけを求めておられるのではありません。よって、主イエスはこの羊飼いの話をしたのです。「あなた方のうちの誰かが羊を百匹持っていて…」すぐさま私達はその話に引きずり込まれます。この話の続きは何なの?実は、主は私達に神がどの様な方かを教えているのです。神は羊飼いのようです。旧約聖書に神を羊飼いのように例えている箇所が多くあります。神を羊飼いに例えている箇所を幾つかご存知ですか?(詩篇23「主は私の羊飼い」)恐らく最も知られた聖句の一つでしょう。皆が知っている聖句ですね。預言者イザヤは言います。「主は羊飼いのように、その群れを飼い、御腕に子羊を引き寄せ、懐に抱き…(イザヤ40:11)。イザヤ、エゼキエルは神を羊飼いと呼び、エレミヤもそう言っています。従い、主イエスが羊飼いの話を始めると、当時聞いている者は少なくともその話を真剣に聞こうとし、すぐにその話が実は神についてのことだと分かるのです。 この羊飼いは彼の羊に対して情熱的です。一般的な羊全般ではなく、すべての個々の羊に対してです。その情熱は、九十九匹を残す覚悟、九十九匹を危険にさらす覚悟をして一匹を探す事です。この羊飼いは明らかに自分の羊の1匹、1匹を知っていたのでしょう。羊の群れを考えてみてください、100匹の羊の群れです。その中で1匹がいなくなったら、どうしてわかるのでしょう。この羊飼いはこの羊をよく知っていたに違いありません。皆さん、羊を間近でみたことがありますか?多分見たことがないでしょう。ここNZには2千600万匹の羊がいます。ところで、人間は500万人です。そう、人間は数で負けています。皆さんが羊を見たら、どれも同じに見えますよね。2匹を比べてみても違いがわかりません。しかしこの羊飼いはそれができたのです。彼はすべての羊をよく知っており、親しみを込めて見つめていたのです。だから一匹がいなくなると気がつくのです。 友よ、神は私達一人一人をご存知です、私達を親しくご存知です。詩篇139で神がどのように私達を密接にご存知かが語られています。母の体内の内でも私を組み立てられた方、私達を熟知されています。私達の行動の全てをご存知です。私達が生まれる前からご存知なのです。別の箇所では私達の頭の髪の毛が何本あるかまでご存知であると言います。だから私達の一人を失う時、神はそれがわかるのです。100人がいて99人を失う時、気がつくのが私の場合なのですが。この様に、神は私達をご存知で各人を愛しておられるのです。単に群れとして愛するのではなく、一人一人を愛しておられます。神はこの世界だけでなく、私達一人一人に情熱を持ち関心を持っておられます。ヨハネの福音書3:16 を私達は「神は、実に、そのひとり子をお与えになるほどに世を愛された。」と読みますが、皆さん、真実は、神は、実に、そのひとり子をお与えになるほどにあなたを愛された、が本当の意味です。 1匹の羊を考えてみるなら–羊は迷子になり、時に死んでしまうものなのです。1匹の羊を失う事は、牧場経営の一つのリスクとも言えます。1匹は死ぬがまだ99匹残っている。しかしながら、この羊飼いは99匹が安全であるだけでは十分ではないのです。1匹の羊が迷子になっている、その羊を見つけて家に連れて帰るまでは安心できないのです。皆さんの可愛い理想的な羊のイメージを壊したくないのですが、もし皆さんが羊に近寄って身近に触ってみたら、きっと気がつくでしょう、羊はいい匂いのする動物ではないことを。何年も前に私の教会に羊の牧場経営者たちが何人もおり、私はよく彼らを訪問していたので羊の事を知っているのです。私達が描き持っている羊の絵は、キュートで、ふわふわした羊毛、抱っこしてみたい動物ですが、実際、羊は臭くて、ダニや虫が体にわいていて感染し、ハエがいつもたかっています。よって羊たちはよく病気になりがちなのです。羊は自ら自分をきれいにしようとか衛生観念がありません。だから少なくとも一年に一回、非常に強い薬液に羊を漬け込むのです。羊飼いは羊を守るためにこれを行います。私達も羊の様に感染しています。私達も清潔ではありません。私達は罪に感染しているのです。私達は愛すべき者でもありません。まして私達の罪深さにもかかわらず、神は私達を愛しているのです。この話の良い知らせは、神は何とかして私達を探し出し、赦し、神の群れの安全な場所に連れ戻してくださることです。良い知らせは、私達が見失って迷子になっても、神の愛から失われる事はありません。そして主イエスはこのお話を、見失った羊が見つかって、羊飼いが喜んだ、と言って締め括っています。羊飼いは最初から迷子になるなと羊に厳しくお説教をしませんし、お仕置きをしませんでした。彼は羊を見つけ、喜んでその羊を担いで、家に帰ったのです。 私やあなたのような罪人が悔い改めた時、神が探し求めて私達を見つけ、そして私達が悔い改めた時、神は喜ばれるのです。神は説教したり、罪を追及して私達をへこましたりしません。私達の人生がどんなに狂っていても構いません。どんなに私達が道を見失っていてもかまいません。羊飼いの神は私達を赦し、祝宴を催して喜ぶのです。友よ、このような神に私達は仕えているのです。見失った人々への愛と情熱に満ちている神です。神の情熱は、教会に通いルールに従い、善人であろうとし、献金をし、聖書を勤勉に読む良い、正しい人々だけにあるのではありません。神は見失った人々に対して思いやりを持って見つめています。神は罪人、私やあなたを愛しているのです。そして神は彼らを探しにいくのです。後にルカの福音書で主イエスは言います。「人の子は、失われた者を探して救うために来たのです。」 (ルカ19:10)。主イエスはこの話をこの言葉で終えています。7節「あなた方に言います。それと同じように、一人の罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人のためよりも、大きな喜びが天にあるのです。」 私は皆さんの今朝の状況がわかりません。もしかしたら見失った羊のように感じているかもしれません。今日ご覧になっている方の中で、あなたの人生で神の愛を感じたことがなかったのかもしれません。この壮大な神はあなたを心から愛しています。良い羊飼いはあなたを探し求めています。今日お聞きになっている皆さんの中に、神が探しておられ、見つけ出そうとし、あなたの罪を赦そうとしている方がおられます。皆さんの中に、信仰から道を踏み外した方、たとえそれが意図的でなくとも、気がつかずに信仰の群れから離れてしまった方、この時が再び神のもとに帰る時です。もしかしたら少し見失ったような気がしている方、神があなたをご存知であること、あなたを慈しんで見守っていること、あなたを名前でご存知である事をもう一度しっかりと受け止める必要があるかもしれません。ある方にとって、このCOVID-19の状況が本当に辛いものかもしれません。また少し落ち込みがちな方もおられるかもしれません、神が遠くに感じられるかもしれません。 最後に、旧約聖書の短いゼパニヤ書3:17「主はあなたのことを大いに喜び、その愛によってあなたに安らぎを与え、高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる。」とあります。友よ、今日あなたの状況が何であれ、このお話は羊飼いたる神が羊を愛し、あなたを探し求めておられるということを語っているのです。主はあなたを見つけると、主はあなたのことを大いに喜ばれるでしょう。 私がKUCにいた頃によく皆さんと一緒に賛美した曲『主は知りたもう(He knows my name)』 歌詞です。 私の父 彼は私を我が子と呼んでくれる どこへ行こうとも、決して彼は私を一人にしない 主は私の名を知っている 主は私の思いを知っている 主は私が流した涙の全てを知っている そして主は 私の叫びをいつでも聞いてくれる 皆さん、私は神があなたを慈しんで見守っていることを、今日あなたが知ることができるように祈りたいと思います。今日、私が皆さんとご一緒できたことを感謝します。 どうか、brucebradburn@gmail.com いつでもお便りください。 神様の祝福がありますように。 おはようございます。
今月の第一日曜日には私たちも世界聖餐日を記念して、世界中の姉妹兄弟とともに聖餐式をいたしました。そのときに、私たちも世界とつながる教会のメンバーだということを実感することもできました。もし私の記憶が正しければ、確か1986年だったと思いますが、私はロンドンのロイヤルアルバートホールで行われた、3000人以上の人びとが参加した世界聖餐日の催しに出席しました。式の後、家族と私の席にスポットライトがあてられ、日本からの参加者として紹介されて、とてもエキサイティングでした。 そう、キリスト教は世界的な宗教で、全世界の総人口の三分の一以上の人が、それぞれの文化や言語によって信仰しています。と同時にその言語が、世界的なキリスト教コミュニティに困難さも生じさせているのです。そして、2000年にわたるキリスト教の歴史のなかで、教会はその言語の壁をどう越えるべきか、非常な努力を重ねてきたのです。最初期のキリスト教会の指導者たちはギリシャ語に親しみを持っていましたので、新約聖書も最初はギリシャ語で書かれました。ただし主イエス自身はその言葉を話すことはなかったのです。しかし、後にローマ人が地中海世界を支配するようになり、キリスト教もそこに浸透し、やがて彼らの精神的支柱となったのです。同時に彼らの日常語であるラテン語がローマ人世界に広がり、多くのキリスト教の教父たちや聖人たちにはラテン語の方がより自然だったのでしょう。紀元後4世紀にはローマ帝国はキリスト教を国教として受け入れ、古いカトリック教会もローマを中心として組織されます。その教会はラテン語を公用語とし、以後礼拝やすべての祭事は、世界中のカトリック教会においてもラテン語で行われるようになりました。こうしてラテン語が、キリスト教世界における最初の世界共通語となりました。実際にその制度は20世紀まで続いたのです。そして私たち神戸ユニオン教会のメンバーでも、“グローリア・イン・エクセルシス・デオ”とかクリスマスの讃美歌で“アデステ・フィデレス”ということばを耳にしたことがありますね。 でも、ラテン語は結局、本当に世界共通のあるいは世界的な言語となったのでしょうか。教会の指導者たちや学界の研究者たちにはある程度はそうでしたが、私たちのような庶民の間ではでは違いました。中世の時代、日曜日の礼拝に出席していた庶民たちは、毎週きちんと熱心に参加していたのですが、聖書で何が読まれているのかはわからなかったのです。というのも当時はラテン語聖書しか印刷されず、用いることも許されなかったからです。だから祈りも説教もすべて理解できないラテン語でなされると、普通の人たちにはちんぷんかんぷんだったのです。そこで、キリスト教の核となるような知識、信仰の正しい理解などは、当時の社会の指導者に独占されてしまっていたのです。ですから、指導者の誰かが誤った聖書解釈や理解を表明しても、一般の信徒たちは、それを批判したり反論したりできなかったのです。これが、神様の真理や主イエスの愛についてより深く受け止めたいと思う人たちによる宗教改革運動の根幹であり出発点だったのです。 マルチン・ルター、ジョン・カルヴァン、その他の宗教改革者たちの運動の真髄は、社会的身分、地位に関わらず、一般の市井の人々に対してキリスト教の真実を解放すると言う宗教改革であったことを理解しておきましょう。そしてこのような宗教改革者たちが最初に行った事業は、聖書を自分たちの口語の言葉、ドイツ語、英語、フランス語に翻訳することでした。それによって一般の人たちが聖なる聖書を自分自身で読むことができ、主イエスの教え、パウロの訴えが一般の人々に向けられるものとなったのです。初期の英語聖書翻訳者、ウィリアム・ティンダルは、その働きの意図を彼の時代の教会における指導者にこう語っています。「もし神が私を永らえてくださるなら、私は鋤を押している農夫の子どもさえ、あなた以上に聖書について理解させたいのだ」と。 英語に聖書を翻訳することは、それを試みようとする人にとってとても難しい仕事でした。それは言語的な理解やスキルだけではなく、社会的、そして宗教的な状況がそうさせたのでした。先にお話ししたように、聖なる言語はラテン語でしたし、それを民衆の言葉に訳すことは、神聖な真実の品格を貶め、異端の行為とみなされました。それゆえにティンダルは「もし神が私の命を永らえてくださるなら」と語ったのですし、事実彼はその働きのゆえに死罪を脅かされ、その通り火あぶりに処せられました。 また社会的な問題として、16世紀における英語という言語そのものが問題だったのです。当時イギリス宮廷において用いられていた公用語は何だったかご存知ですか? 英語ではなくフランス語でした。英語は決して洗練された気品ある言葉としてはみなされず、むしろ(こういうのは英語を母語とされる皆さんには申し訳ないのですが)下品だとさえ受け止められていたのです。当時、英語で神の真理や主イエスの愛を言い表すことは決してふさわしいことではないとされていたのでした。しかしここでも当時の英国庶民の間ではフランス語ではなく、彼らの英語が話されていました。私は英語学の教授でもなく、また英語がなぜ世界的に話されるまでに拡大していったかという講義をするだけの能力などありませんが、いずれにしても現在、英語はユニバーサル言語として、最もよく使われ話される言葉なのです。例えば世界的な航空管制システムにおいては、その航空会社がどの国籍であったとしてもすべて英語で交信が行われているのです。 神戸ユニオン教会は、英語を話す教会で、インターナショナルな会衆であることを宣言しています。それは私たちにとって、そしてキリスト教のなかにあるコミュニティにとって、本当に意味していることは何でしょう。私たちは世界中の姉妹、兄弟たちとともに、主イエスが私たちの救い主、キリストであるという世界に通じる信仰を「英語で」告白しています。それは、かつては貴賓ある人々や地位ある人々には公用語としては決して認められたなかったものです。まさに、それは「家つくりの棄てた石」のような言語でしたが、それが以後の普通の人々の信仰を燃え上がらせ、「頭石となった」(詩編118)のです。初期のキリスト教会がその言語規制や対応を進めていた時、それは人々への「愛」を完全に欠いていました。パウロが言うように「人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、わたしは騒がしいどら、やかましいシンバル」(コリント一13;1)でしかなかったのです。しかし、それが、高位の社会にはふさわしくないと思われた人々の言葉に置き換えられたとき、世界中の普通の人々にキリストのメッセージ、主イエス・キリストへの一つの信仰を、「愛」をもってあらわすこととなり、私たちもそのミッションを日本で担っているのです。 神戸ユニオン教会での英語は、決して西欧社会のものではなく、アフリカ、南アメリカ、カリブ、オセアニア、アジアからの、いろんな立場にある皆さんの言葉なのです。私たちKUCは、世界のすべての立場にある人々、田で鋤を押す人々や私のように(と言っても私は農業をしたことはなく、完全に日本語しか話さないような環境に育った者ですが)、すべての人の教会で、「これは主の御業、わたしたちの目には驚くべきこと。今日こそ主の御業の日。今日を喜び祝い、喜び躍ろう」という詩編の筆者の賛美を共にするのです。私も迎え入れられ、みなさんも歓迎されています。これまでの150年間の歴史の中で、聖霊の導きによって、伝え続けてきたのです。使徒信条を「私は聖霊を信じます、聖なる、ユニバーサルな教会を」と告白し続けているように。 祈りましょう:神様、世界の、そして私たちの神戸ユニオン教会の歴史を導いて下さることを感謝します。時間のつながりのなかで、あなたは福音のメッセージを、あなたの愛を求め、あなたと隣人に仕えようとする人々に与えていてくださいます。どうぞあなたの愛と共感の炎を私たちのうちに灯し、私たちが神戸にあって、ユニバーサルである地域に根ざす教会として私たちの歴史的な伝統と使命を果たさせてください。主イエス・キリストのお名前によって祈ります。 アーメン。 Photo 1: Tyndale Bible Photo 2: William Tyndale 祈りましょう。 今朝、あなたの御言葉を聞くとき、主よ、私たちが心を開いてあなたのための場所を作り、あなたとあなたの恵みに自分自身を向けることができるように助けてください。主イエスの御名によって祈ります、アーメン。 先月、私たちは教会の伝統と、私たち自身のクリスチャンとしての伝統について話しました。私たちの教会に与えられた「神戸ユニオン教会」という名前の意味や、違いがあってもキリストにある一つの家族として集まっていることの意義を学びました。 私たちは、教会の人々に希望を与え続け、第二次世界大戦中のような困難な時期にも大きな確信を与えてくださった神に感謝と賛美を捧げました。私たちの教会は、恵まれた遺産を持っています。それは、私たち自身が困難な時期にあっても、人々の必要に応じて奉仕するという遺産です。 また、私たちの教会だけでなく、キリストを信じるすべての人に与えられている遺産があることを話しました。この遺産は、「忍耐」という美徳を通して私たちの中に現れています。私たちの神が憐れみ深い方であり、無限の忍耐をもって私たちに接してくださるように、私たちもまた、憐れみ深く、情け深く、そして何よりも互いに忍耐強くあるように求められているのです。 遺産について語るとき、私たちは輝かしく素晴らしいものを思い浮かべますが、遺産を過去のもの、過去に生きながらも現在にまで及んでいる伝統と考えるため、率直に言って、その遺産を実際よりも良く、明るく、完璧なものと見なしてしまったり、伝えてしまう危険性があります。 1961年に私たちの教会が創立90周年を迎えたとき、ワシントンDCのハワード大学から大阪大学にフルブライト交換教授として留学していたロベル博士が、当教会の歴史をまとめて毎日新聞に「神戸ユニオン教会90年」として投稿しました。 [1868年から1961年までの教会のエピソードを6つの項目に分けて紹介した後、最後にロベル博士は、「神戸ユニオン教会の印」について書いています。(https://www.evkobe.org/deutsch/150th-anniversary-of-kobe-union-church/90-years-of-kobe-union-church-vi-the-church-of-tomorrow/ より] ロベル先生が信じていた神戸ユニオン・チャーチを構成するユニークな資質についていくつかを紹介したいと思います。 1. ”教会の男女は、勇気と開拓者精神を持っていた。彼らは見知らぬ土地の危険やリスクに立ち向かうことを厭わなかった。” ”彼らは自分自身を愛するよりも隣人を愛していた。” 2. “彼らは変化への適応力に優れた人々であった..." "社会的状況、物理的環境、外部からの圧力、さらには宗教的概念までもが常に変化していた......しかし、彼らはそのような変化に適応し、その上にある堅固な地面に立ち上がらざるを得なかったのである。高く、深く、永続的な理想を持つ人々だけが、その単純な奇跡を成し遂げることができる。" 3. “彼らは暴力や乱れに怯えない人々だった......不穏は彼らの魂の真の優しさと甘さと慈しみを引き出した。” 4. “彼らは日本人との間だけでなく、自分たちの間でも協力の精神をずっと示していた。会衆派、長老派、メソジストが英国国教会派の人々に少し譲らなければならないとき、あるいはその逆のとき、譲歩することができた。このような協力、譲歩がなければ、彼らの教会は何千回も死んでいただろう...”。 このような教会のあり方が、私たちの教会の「遺産」です。この美しい遺産は、記録され、私たちに受け継がれてきたものであり、私たちはそれを後世に伝えていきたいと考えています。 完璧なキリスト教共同体など存在しないことは誰もが知っていますが、少なくとも自分たちの歴史を書き留め、記録し、保存する時、私たちは臭いものに蓋をするかのように、キリスト教全体としての遺産、あるいは個々の教会の遺産に関して悪く言わないようにするだけではなく、むしろ完璧なものに近いものとして記憶するように努めているのではないでしょうか。 だからといって、キリスト教が世界をより良い場所にするために貢献していなかったというわけではありません。すべての人が神の良いイメージで作られているというキリスト教の理解が、すべての人の食、安全、健康、教育などの基本的な権利の概念を発展させたのです。 この思想に基づいて、病院が建設され、孤児院が建設され、フードバンクやホームレスシェルターが建設され、誰もが寝る場所、食べるもの、医療を受けることへの取り組みが進みました。これらの進展は私たちが共有するキリスト教の信念に基づいて行われてきました。 しかし、私たちは愛する神の名の下に、戦争が行われ、血が流されたという事実を直視しなければなりません。カトリックの王や女王は、プロテスタントの王や女王と激しく戦い、その度に何千人もの死者を出しました。 キリスト教国は他国を植民地化し、天然資源を利用し、人々を奴隷にして、他国を犠牲にして自分たちの利益を優先、強要しました。アメリカで奴隷制度を擁護した人々は、聖書を使って自分たちの考えを弁護しました。 今年の夏、私は自分の所属する宗派の素晴らしく美しい教会の建物が、奴隷労働の結果であることを知りました。一見素晴らしく美しく見える歴史の一部でさえ、地域社会における黒人の苦しみの手が触れられていないわけではありません。 もし私たちが、多くの国々と同じように、暴力や抑圧を正当化し、国を植民地化し、ある民族や国家全体を奴隷化するような強力で痛ましい罪を犯しているとしたら、私たちをクリスチャンとして区別、聖別するものは何なのか、と考え始めるかもしれません。 この世の闇から私たちを引き離すはずの、私たちの中に宿る聖性と神性はどうなってしまったのでしょうか。 私たちが神の子として分けられた存在なのは、私たちがより優れた、罪のない人間であるということではなく、悔い改めの心が与えられているということだと私は思います。 私たちには自分自身を省みて、心を神に向け、自分が神の栄光からほど遠いことを認め、自分がしたことを償う方法を模索するという悔い改めの道が与えられているのです。 今日の聖書朗読は第2コリント人への手紙からです。パウロは50年頃にコリントに教会を設立し、約1年半の間コリントに滞在しました。しかし彼がコリントを去った後、問題が起こり始めました。教会に様々な指導者が来て奉仕するようになると、人々は指導者を選り好みするようになりました。 どの霊的賜物が一番優れているか、どの指導者が一番優れているか、どのような礼拝のスタイルや宗教的慣習が良いか、市場に売られる偶像への生け贄に使われたかもしれない肉を食べていいかなど、様々な議論がなされるようになったのです。 このような議論や分裂の中で、お互いへの愛や配慮、特に困っている人への配慮が欠けていきました。議論に明け暮れるあまり、金持ちは貧乏人を気遣うことをやめ、飢えた人は食べ物を得ることができず、声なき者はその中で沈黙してしまったのです。 パウロがコリント人への最初の手紙を書いたのは、これらの問題に対処するためであり、愛こそが答えであることを訴えるためでした。これらの議論はすべて、その背後に愛がなければ、うるさい銅鑼や鳴り響くシンバルのようなものにすぎませんとパウロは訴えました。(1コリント13:1) 愛はすべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐えると。(1コリント13:7)愛は悪事を喜んだり、苦しみを無視したりすることはではないと。 これに対してコリントの教会は、「本当に申し訳ありません!」、「私たちは間違っていました、神様に対して罪を犯しました、悔い改めます!」と言うどころか、むしろパウロを攻撃しました。 コリント教会の指導者たちは、パウロを不適格な指導者と呼び、他の指導者たちのようなカリスマ性のある話し手ではないと攻撃したのです。パウロは、コリントの人々を悪者にし、堕落させ、利用した者と非難されました。(2コリント7:1) そこでパウロは実際にコリントに行き、人々と話をすることにしました。パウロはコリントの悔い改めない心に向き合いに行ったのです。パウロはこれを「苦しい訪問」と言い、実際、苦しみを伴ったので次のコリント訪問を延期し (2コリント2:1)、代わりにテトスに別の手紙を持たせ、コリントの教会が自分たちの罪に向き合ったのか様子を見に行ってもらうことにしました。 これが今日の聖句に関わる背景です。パウロはテトスがマケドニアに来るのを待っていました。(2コリント7:5) パウロが書いた悔い改めを促す手紙に対する、コリントの教会からの反応を聞くためにです。(2コリント7:8) 待つ中で、恐れ、恥、困難、痛みを感じながらの状況の中で、パウロはこのように書いています。 「今は喜んでいます。あなたがたがただ悲しんだからではなく、悲しんで悔い改めたからです。あなたがたが悲しんだのは神の御心に適ったことなので、わたしたちからは何の害も受けずに済みました。 神の御心に適った悲しみは、取り消されることのない救いに通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらします。 神の御心に適ったこの悲しみが、あなたがたにどれほどの熱心、弁明、憤り、恐れ、あこがれ、熱意、懲らしめをもたらしたことでしょう。例の事件に関しては、あなたがたは自分がすべての点で潔白であることを証明しました。」 (2コリント7:9-11) この箇所を読むとコリントの教会は、ついに悔い改めたように思えます。 そもそも悔い改めとは何なのでしょうか。コリントの教会が悔い改めたというのは、実際にはどういうことなのでしょうか? マルコの福音書によれば、イエスはこの有名な一節を話され、宣教を開始されました。”時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて、良い知らせを信じなさい" (マルコ1:15)。 新約聖書では、「悔い改める」と「信じる」という言葉が一緒に出てくるので、私たちは悔い改めを、信仰の変化、つまり霊的な転換、イエス・キリストを自分の主であり、救い主であると信じるようになる、改心して理解しがちです。 しかし、今日の聖句によると、悔い改めとは単に改心するということだけではありません。悔い改めには、私たちが自分の罪の証拠に直面したときに生じるすべての感情、つまり、神の道から外れたとき、神の戒めから離れたときに生じるすべての汚れたものを見つめることも含まれます。 まず理解しなければならないのは、悔い改め、つまり「心の変化」は、一見、自分で行っているように見えても、実際には、神が主導し、導いてくださるプロセスだということです。 今日の聖句には、「あなたがたは、神のような悲しみを感じたからです」とあります。(2コリント7:9)私たちが本当に神のような悲しみを経験するとき、人間的に悲しむのではなく、神が悲しむように悲しむとき、この神のような悲しみは、神が私たちの心の中に入り込み、働きかけることによって起こります。 しかし、神のような悲しみは、悲しむだけでは終わりません。 パウロは続いて、"この神のような悲しみは、悔い改めを生み出す "と言っています。(2コリント7:10) 悔い改めとは、突然、一度だけ心を入れ替えることではなく、自己反省、内省、自己吟味を必要とするプロセスであると説明しています。 この自省のプロセスを通して、この神々しい悲しみがコリントの人々の中に「自分自身をクリーンにしたいという熱心さ」「弁明」「憤り」「恐れ」「あこがれ」「熱意」「懲らしめ」など様々な想いや感情を生み出したことを知ることができます。(2コリント7:10-11) 真の悔い改めには、このように悔い改めを通して湧き上がる様々な想いや感情を見つめ、吟味し、振り返るという作業が必要です。 コリントの教会は、パウロとその仲間に対して行った自分達の行いを悔い改めるために、どのような振り返るや自問自答をしなければならなかったのでしょうか。自分たちの行動が神の心にかなったものではなく、公正なものでもなく、実際にはパウロだけでなく自分たちの信仰共同体をも傷つけていたことに気づいたとき、彼らはどのような気持ちになったのでしょうか。 彼らは、自分たちの行いから清められたいという真の聖なる思いに触れ、自分たちが何をしたのか、自分たちが本当は何者だったのかという真実に直面した時、自分たちの中にある恐怖、怒り、屈辱といった感情と痛みを伴いながらも向き合ったことでしょう。 自分の罪のために負うことになる結果を想像し、恐怖を覚えたとき、それはどのようなものだったでしょう。神に赦されたい、神と和解して回復したいと、切望したのではないでしょうか。 パウロとの和解を望む反面、自分たちの行動が招く裁きの結果を恐れ、両極の感情の狭間に 揺れることは、どれほど困難なものであったでしょうか。 これは、これらの想いや感情と向き合うことは深刻で、重苦しく、簡単なことではありません。 これは感情と向き合う、心の折れる作業です。だからこそ、パウロはこの作業を「悲しみ」と呼び、「悲しんで悔い改めた」(第二コリント7:9)と言っているのです。悔い改めの作業は、痛みを伴います。魂や心に深く届く苦悩、さまざまな考えや感情と向き合うことで、時には涙を流すこともあルでしょう。 パウロは、コリントの人々が悲しんで悔い改めるようになったことで、今は喜びがあると言っていますが、手紙の始めのほうの章を読んでみると、この喜びの場所にたどり着くまでには、たくさんの痛みや涙があったことがわかります。(2コリント7:7) この悔い改めのプロセスというのは、神様が共にいなければ、あなたも私も、自分自身の心、精神、魂という奥深いレベルで自分を省み、検討し直すという重い、大切な作業ができないということです。 私たちの神が恵みの神であることを知らなければ、悔い改めをすることはできません。そして神様の恵みに関してはこのようにして聖書に書かれています。これらは、私たちの恵みの神様からの、私たちへの約束です。 主は私たちのすべての咎を赦してくださいます。(詩篇103:3) 主は私たちの犯した罪を消し去り、私たちの罪を覚えられない。(イザヤ43:25) 主は慈しみ深く、恵み深く、怒るに遅く、揺るぎない愛に満ちておられます。(詩篇103:8) 神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。(ヨハネの福音書3:16) 従って、今や、キリストイエスに結ばれている者は、罪に定められることはありません。(ローマ人への手紙8:1) だからこそ、私たちは悔い改めることができるのです。どんなに困難で苦しくても、自分の考えや行動を振り返り、見直すことができるのです。なぜなら、神様はいつも私たちに恵みとあわれみを与えてくださる神様だからです。 パウロは、コリントの教会に対して、"あなた方は、この問題について、自分たちが潔白であることを証明した "と言っています。(2コリント7:11)キリストにあって、私たちは決して本当の意味での罪を問われることはありません。私たちは罪深いのですが、キリストが十字架で私たちの罪をすでに償ってくださっているので、私たちが罪の究極の償いを求められることはありません。私たちが自分達の罪に向き合い、自分を省りみるとき、神の恵みとあわれみが私たちを待ち受け、罪がもたらす縛りや裁きではなく、自由と解放が与えられます。 数年前、私が通っていた神学校では、アメリカの奴隷制度とのつながりの悔い改めとして、学校の歴史の中で学校自身が黒人コミュニティに対して行ってきたことを反省し、再検討するプロセスを開始しました。 その中には、神学校自体が奴隷を所有していなかったにもかかわらず、神学校キャンパスの建設に奴隷労働を利用していたことを公に告白、懺悔することも含まれていました。神学校の寄付者の中には奴隷所有者がいて、その寄付金が奴隷の労働によってもたらされた寄付であることを告白、懺悔しました。教授自身も、奴隷制度を否定する説教をしながらも、私生活では奴隷を所有していました。 しかし、罪の告白しただけでは終わらず、学校側は悔い改めの一環として、悔い改めに相応しい行動を起こすことを発表しました。奴隷の子孫のための新しい奨学金を設けることを発表し、新たに設立された黒人研究センターにディレクターを任命し、神学校で学び働くすべての人が奴隷制度の歴史と、その制度に加担して学校自身が罪を犯したことを知ることができるようにカリキュラムに変更を加えました。 聖書には、私たちは悔い改めにふさわしい実を結ぶべきですとあります(マタイ3:8、ルカ3:8、使徒26:20)。 悔い改めへの招きは神様によって与えられ、その行為自体は神様の恵みによって神様が始められ、導いてくださるものですが、私たちは悔い改めにふさわしい実を結ぶため、私たち自身も働きをするように求められています。 悔い改めるということは、自分の内側が清められ、赦しを経験するということだけではありません。罪深い私たちに目に見えない恵みが注がれる時、心の変化や行動の変化という目に見える変化が起こり、方向転換を図ることができるというプロセスも悔い改めに含まれています。 これは私たちが行動して、悔い改めに相応しい立派な実を結ぶために全力を尽くすべきプロセスですが、悔い改め自体は私たちだけが行うものではありません。私たちだけでできることではありません。それは恵みと愛に満ちた私たちの神の御手によって始めることができ、導かれていくものなのです。 私たちが自身を省み、見直し、修復しようとすることができるのは、私たちの中に優れた能力があるからではなく、私たちに対する神様の永遠で揺るぎない愛があるからなのです。聖霊は私たちの上に注がれ、私たちがよりキリストに似た者となれるように私たちを日々新たにしてくださいます。 聖霊は、私たちに自省と自己吟味の精神を与え、自分の行動を真に変えるために必要な勇気と規律を与えてくださいます。 多くの人がそうであるように、私も毎日のように自省したり、自分を見つめる瞬間があります。言ってはいけないことを言ってしまったかもしれない、誰かを傷つけるようなことをしてしまったかもしれない、思いやりのないことをしてしまったかもしれない(自分の家族に対しよくやってしまうことです)と感じたとき、神様は私の心の中に働きかけてくださいます。 神様は私の心の中に働きかけてくださり、私の心に忍び寄る心配な気持ちに気づかせてくださいます。毎回うまくいくわけではありませんが、神さまが私の心を反省に導いてくださったとき、自分の過ちの真実に直面したとき、そこに立ち返り、謝罪し、状況を好転しようと思う心を、それを行動に移す力を与えてくださいます。 時には、自分が他人を傷つけたことに気づかないこともありますが、私のことを気にかけてくれる人が私に傷つけられたことを話してくれることもあります。そのような経験を通して、私は反省と再検討のきっかけ、つまり真の悔い改めの機会が与えられていることに感謝することを学びました。 私たちは教会の歴史的な記録が増えていくのを見て、その記録に追加されたページの一つ一つに、クリスチャンの優しさと慈悲の行為が記録されていることを知っています。しかしそれと同時に、私たちは共同体として告白しなければならないこと、悔い改めなければならないことがあることを理解する必要があり、そのことに私達が謙虚に取り組むことを願っています。 神戸ユニオン教会における反省、見直し、軌道修正の旅は続きます。私たちがキリスト教の伝統に誇りを持てるのは、私達に与えられた恵みだけでなく、自分自身を振り返り、悔い改めることができる強さが与えられているからだと思います。 この強さは、私たち自身が強いからではなく、私たちの神様が恵み深い神様であるからこそ持つことができるものです。私たちの告白の言葉と悔い改めの行為は、私たちの教会共同体にとって、私たちが犯してきた多くの誤りや失敗にもかかわらず、私たちの神様がどれほど恵み深い方であり、これまでも、そしてこれからもそうであるかを伝える、全世界への証です。 なぜなら、私たちの神様は決して私たちを見捨てたり、裏切られることはない慈愛に満ちた神様だからです。 私たちの恵み深い神に共に感謝を捧げましょう。アーメン。 祈りましょう。慈悲深い神様、私たちは今朝、あなたが私たちに語りかけ、私たちの心に悔い改めの思いを大きく植え付けてくださったことに感謝して、あなたのもとに参ります。どうか、あなたの聖霊を私たちに注ぎ、私たちが自身を振り返り、自分の道を見直すことができるように助けてください。 主よ、私たちを調べ、私たちの心を知り、私たちの中に邪悪な道がないかどうか調べてください。(詩篇139:23)主よ、あなたが私たちの中に過ちや罪を明らかにされたとき、どうか私たちに軌道修正する勇気を与え、悔い改めに相応しい実を結ぶことができるよう助けてください。どうか私たちに恵みを与え、永遠の道へと導いてください。(詩編139:24)。 アーメン。 「一つのパン、一つのからだ」 神戸ユニオン教会 2021年10月3日(世界聖餐日) エペソ人への手紙 4:3-5 コリント人への手紙 第一 10:17 説教者:クラウディア・ジュノン牧師10/2/2021 まず始めに、以前お話しした物語をもう一度紹介したいと思います。
ある人が神様に天国と地獄はどのようなものか尋ねたので、神さまは、「それでは天使に天国と地獄を案内させよう」と言われました。 天使は、まずその人を地獄に連れて行きました。そこには世界中の贅を尽くした食べ物が、宴会用の巨大な食卓においしそうに並んでいました。食卓についている世界中から来た人々は、豪華な衣服を身に着けながらも痩せていて、悲しそうに空腹にうめいていました。彼らは、今私が手に持っているこの箸の10倍以上長い箸を持っていて、その箸を使って食べなければなりませんでした。しかし余りにも長いので、自分の口に入れることができなかったのです。天使とその人は、次に天国に行ってみることにしました。 天国でも同じように、世界中のご馳走であふれた巨大な宴会用食卓がありました。同じようにきれいな衣服をつけて世界中から集まった人がいましたが、幸福そうで、十分に食べ、満足しているように見えました。彼らも同じように非常に長い箸を持っていましたが、天国ではお互いの口に食べ物を入れてあげていたのです。 10月の第一日曜日の今日、世界中のクリスチャンがそれぞれの地域の時間帯で世界聖餐日を祝い、キリストのパンを食べます。 世界中の数百万人のクリスチャンの聖餐式のテーブルをつなげれば、40,000キロメートル以上の長さになると言われています。時差があるので日付変更線に沿って考えれば、世界聖餐式はまずトンガとフィジーで始まり、次にニュージーランドですが、ここは以前KUC牧師であったブルース・ブラッドバーン牧師とジェラード・マークス牧師が住んでいる国です。それからオーストラリア、パプアニューギニア、フィリピン、香港、台湾と続き、そして韓国、日本の順番になります。そしてその他の世界中の国で聖餐式が次々と行われることになりますが、各国で多くの人が聖餐式に参加すると考えると感動しますね。 この日曜日は、世界中のクリスチャンの隣人とつながっていることを思い起こすよい機会です。世界の兄弟姉妹とキリストの中で一つになることを祝いましょう。 聖餐式に参加する時、パウロが言っているように、私たちは「主のからだのことをわきまえる」べきです。ですから聖餐式では、キリストでつながっている兄弟姉妹のことを配慮しなければなりません。 「食事のとき、めいめい我先にと自分の食事を済ませるので、空腹な者もおれば、酔っている者もいるというしまつです」(Ⅰコリント11:21)とパウロはコリントの信徒のことを書いています。 私たちは一つのからだのはずですが、コリントの信徒たち、つまりコリントにいるクリスチャンたちは、主の晩餐についてひどい誤解をしていたため、パウロから叱責されました。コリントの信徒たちは、教会の仲間に敬意を示さず、食べ物を分かち合わなかったことでパウロを失望させました。パウロが非難したのは、彼らが聖餐の本当の意味を理解していなかったことでした。 初期の教会の聖餐式は、現在の多くの教会で行っているやり方とは違っていました。ごく初期の教会では、聖餐式は食事を共にすることでした。聖餐の食事をすることは、主への敬意と崇拝がそこにあり、出席者全員に食べ物が十分にいきわたる場合には問題ありませんでした。 しかし、コリントではそうではありませんでした。困ったことに教会の仲間として一緒に席に着かなかったのです。自分はどの使徒に従うかという問題や、社会的地位や階級の違いなどで、教会内に分裂がありました。たとえ一緒に来たとしても、一部の人は単に食べ物のことだけを考え、主と共に食事をするという本来の聖餐の意味を考えずに、ただ思う存分食べるだけでした。 それに加えて、何人かの人は早めに来て大量に飲み食いしたので、その後には食べ物、飲み物はほとんど残っていませんでした。彼らはおそらく大勢の人が入れる広い部屋のある裕福な人の家で集まったことでしょう。裕福な人々は、食べ物を豊富に持ってくることができました。一方、後から来た人々は極めて貧しく、仕事で遅くなったのですが、残っている食べ物はほとんどありませんでした。裕福な人は酒も大量に飲むことができました。しかし貧しい人は食べ物を持参することもできず、食べたり飲んだりすることがほとんどできませんでした。パウロは、先に来て飲んだり食べたりした人を指して次のように言っています。 「あなたがたは、神の教会を軽んじ、貧しい人たちをはずかしめたいのですか」(Ⅰコリント 11:22)。 これが、パウロがこの一節を書いた背景であり、彼が指摘した問題でした。この格差の結果、裕福な人が飲んだり食べたりする一方、貧しい人は空腹のままであるという状況が起こりました。さらに、酩酊するほど大量の飲酒が常習化し、パウロがわざわざ指摘しなければならないほどでした。聖餐式は、酒に酔うことなく冷静に、自分の罪やキリストの犠牲について内省を促す時であり、またキリストの血と体という表現を通じて、キリストの体である教会が一つに一致する時でなければならないと、パウロは戒めています。 イエスは、どんな人であっても、人から悪く言われている人であっても、あらゆる人をテーブルに招き入れました。私たちは聖餐式で、すべての人を招いたイエスに感謝と賛美を捧げます。 私たちは、お互いの相違を乗り越えて、キリストにおいて一つであり団結していることを喜びます。 私たちは神から恵みを受け取っているのだから、私たちもお互いに恵みを与えあうことを喜んでいます。神は私たちに余りある恵みをくださっています。お互いに恵みを与えあいましょう。 私たちは、隣人に対してキリストの愛になることを喜んでいます。神は私たちを愛しておられ、私たちは隣人を愛することで、この神の愛を示すのです。富を分け合ったり、人を助けたりすることで神の愛を示します。 私たちはイエスがこれまでなさったこと、御霊の力によって今でも私たちのためにしてくださることを喜びます。 私たちはイエスが私たちのために死に、復活し、いつか再臨されることを喜びます。 パンを割き、杯を手にするとき、主がどれほど深く私たちを愛してくださったかということ、主が私たち人間の所に来られて私たちと共に過ごし、苦しみ、私たちのために死んでくださったこと、それによって私たちは罪と死から解放されたことを思い起こし、これらを喜びます。 私たちはこの世界を共有するパンであり、また、この世界において共有されるパンであり、神のパンです。私たちの主、イエス・キリストを必要とする人のために、このパンを差し出すよう神は私たちを召されています。私たちは世界の人々に、いろいろな方法でパンを提供することができます。命のパンを人と分かち合うことができるのです。 私たちは神の家族であり、世界中に広がる一つの家族です。神に愛されてきたように人を愛し、神に赦されてきたように人を赦し、神に与えられてきたように人に与えるよう求められている一つの家族です。 2週間前の田淵先生の説教の中に、次のような歌がありました。 「私たちは聖霊によってひとつ 私たちは主にあってひとつ ひとつであることを いつの日か再びそれが成ることを 祈ります。 人々は私たちの愛によって 私たちがクリスチャンであることを 知るでしょう。」 歌の題名である「愛によってクリスチャンと知られる」は、クリスチャンでない人たちが、初期の教会のクリスチャンを描写した言葉がもとになっています。 「もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです」(ヨハネ13:35) このことを今日の聖餐式で祈りましょう。私たちが互いに愛することによって、世界は私たちを知るでしょう。 チャック牧師がA.B.C.について話していたのを覚えていますか。これはActively Being the Church(積極的に教会になる)の略です。積極的に教会になるには、神と隣人を愛することです。私たちの教会には多様性と、そしてキリストにおける一致があります。その愛は世界中に広がり、他のクリスチャンと愛を分かち合ってつながります。 KUCのオンライン・グループであるSaturday SpecialとSermon and Prayer Sunday School のクラスでは、他の教会や海外にいる人も参加していたので刺激的でした。私たちは、キリストにおいて一つです。 今日、聖餐式を私たち皆で分かち合います。私たちは決して一人でいるのではないことに感謝します。キリストの御霊が、過去、現在、未来を通して私たちと共にいること、そして私たちを本当に愛してくれることに感謝します。主はひとつです。それゆえ、私たちの多様性は、多様性にかかわらず、または多様性ゆえに、世界中でキリストにおいて一つのからだになります。そのことにも私たちは感謝します。 今日の説教の締めくくりに、ジャン・リチャードソンの著書から、「そしてテーブルは大きくなる」を読みます。 「世界聖餐日を祝福して そしてそのテーブルは大きくなる。 そして歓迎は大きくなる。 そして私たちを集めるための腕が大きく広がる。 そして応じる私たちの心は大きく開かれる。 そして私たちは満たされることを信じて子どものようにやってくる。 そして何事にも邪魔されず自由にやってくる。 そして私たちの心の痛みはパンと出会い、 悲しみはワインと出会う。 そして私たちは恥ずかしがることなくご馳走に手を伸ばす。 そして恐れることなくお互いに向き合う。 そして絶望を探し求めるのをやめて、喜びを受け入れ、その味を知る。 そして私たちは飢えている世の中のパンになる。 そして私たちは渇いている人を癒すための飲み物になる。 そして祝福された人は祝福そのものになる。 そしてあらゆる場所で祝宴が始まる」。 (さあ、それではみなさんは、聖餐式の食べ物と飲み物を取ってきてください。森本アンネさんが「一つのパン、一つのからだ」を歌い、母の森本敬子さんがピアノを伴奏します。この歌は世代を超え国境を越え、世界中のクリスチャンの一致を歌っています。歌の繰り返し部分は、次のコリント人への手紙 第一 10:16-17 が元になっています。 「私たちが祝福する祝福の杯は、キリストの血にあずかることではありませんか。私たちの裂くパンは、キリストのからだにあずかることではありませんか。パンは一つですから、私たちは、多数であっても、一つのからだです。それは、みなの者がともに一つのパンを食べるからです」。 この歌を、聖餐式の祈りとして聞いてください。または一緒に歌ってください) |
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May 2024
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