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二つの震動
「 二つの震動」(The Two Quakes) マタイによる福音書 27:57–66、28:1–10 神戸ユニオン教会 ― 2026年4月5日 説教者:Mark Bartsch牧師 歴史は地球の動きによって定義されます。私たちは地面が強固であることを前提に街を築き、生活を送っていますが、実際はそうではないと知っています。マタイによる福音書の中に、世界を何よりも激動させた二つの瞬間がありました。それは単なる地質学的な出来事ではなく、霊的な宣言でした。これを理解するためには、地が開くまでの一週間に目を向ける必要があります。それは大声で始まり、やがて打ち砕かれることになる沈黙で終わりました。 先週の日曜日の礼拝では、私たちは主への賛美を歌い集い、教会の空気は熱気に満ちていました。ロイ兄がショファール(角笛)を吹き、私たちはイエスのエルサレム入城を祝って踊りました。その日、人々は木の枝を切って道に敷き、自分の服も道に敷いて叫びました。「ホサナ。いと高きところにホサナ」「主よ、私たちを救ってください」(マタイ 21:9)。 これを単なるパレードと勘違いし
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4月4日読了時間: 10分


Deliver us from Evil
「 悪より救いだしたまえ― 主の祈り8 」 エフェソの信徒への手紙 6:10-17 / マタイによる福音書 12:38-45 神戸ユニオン教会 ― 2026年3月1日 説教者:Mark Bartsch牧師 イエスは、「わたしたちを誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください」(マタイ 6:13)と祈るよう教えてくれました。この祈りは、私たちの毎日の現実を正直に認めるよう導いてくれます。世の中の「悪」という概念は、多くの場合、濾過されて実体のよくわからないものにすり替わっています。私の場合も、「悪」の定義といえば個人の過ちや、「善良な人間」であろうとする内なる葛藤や、規則を破ることであると教えられて育ちました。 確かに私たちの性質は堕落したものかもしれません。しかし聖書が描くのはもっと複雑で挑戦的な姿です。クリスチャンは公平無私な世の中で生きているわけではありません。この世界には私たちが善良となることを望まず、神に近づくことや神に従うことを望まない、実在するずる賢い太古からの敵が存在しています。 聖書はこの点について明確です。パウロはこう記しました。「
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2月28日読了時間: 12分


“The Courage to Forgive”
赦す勇気 マタイによる福音書 18:21–35 & ローマの信徒への手紙 12:9-19 説教者:Pastor Mark Bartsch 神戸ユニオン教会 2026年2月15日 クリスチャンが陥りがちな罠の一つに、私が「いい人(ナイスガイ)」の罠と呼んでいるものがあります。これは特に「赦し」というテーマにおいてよく現れます。はっきりさせておきたいのは、私は皆さんに親切であってほしいということです(私自身も親切な人間でありたいと思っています)。皆さんに「いい人」であってほしいのです。70年代の有名な賛美歌に「彼らは私たちの愛によって、私たちがクリスチャンであることを知るだろう」という歌詞がありますが、それは根本的な真理です。親切さは重要です。厳しく当たるよりも、親切さを通してより多くの人々をキリストに導くことができます。多くを語るより多くを聞き、「人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい」(ルカ 6:31)という命令に従う方が、私たちはより良く歩むことができます。 ヨハネによる福音書 1:14には、「言(ことば)は肉となって、わたしたちの間に
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2月14日読了時間: 12分


Forgive Us Our Debts
私たちは清く義なる神の御前に罪人とされました。
しかし、神の御子が私たちの罪のために究極の代価を払ってくださいました。
私たちの罪を負い、私たちがそれに値しないときに恵みを与えてくださいました。
私たちの負債は清算されました。
あなたはもう重荷を背負っていません。
あなたは贖われたという確信をもって生きてください!
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2月7日読了時間: 9分
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